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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)146号 判決

原告 竹内芙美子

被告 中山孝志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和五四年審判第九三八一号事件について昭和五五年四月七日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文と同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、登録第一一九一一〇一号商標(以下、「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、「スヌーピー」の文字を横書きしてなり、第一九類「台所用品(電気機械器具、手動利器及び手動工具に属するものを除く。)、日用品(他の類に属するものを除く。)」を指定商品として、昭和四四年六月二日登録出願、昭和五一年三月二五日設定登録されたものである。原告は、被告を被請求人として、昭和五四年八月一日、本件商標の登録取消の審判を請求し、特許庁昭和五四年審判第九三八一号事件として審理されたが、昭和五五年四月七日「本件審判の請求は却下する。」との審決があり、その審決の謄本は同年四月二三日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本件商標の構成、指定商品及び登録出願、設定登録の各日は、前項記載のとおりである。

請求人(原告)は、本件商標の登録取消の審決を求め、その理由として、被請求人(被告)は、本件商標を指定商品について過去三年間全く使用していないので、本件商標の登録は商標法第五〇条第一項の規定により取消されるべきものであると述べ、これに対し、被請求人は、請求人は本件審判の請求についていかなる利害関係を有するのか不明であり、また、この点についてなんらの陳述もしないから、請求人には審判の利益は認められず、本件審判請求は却下されるべきであると述べた。

商標法第五〇条の規定に基づき登録商標の不使用による商標登録の取消の審判は、商標登録を取消すための具体的な利益がある者のみが請求しうるものと解するのが相当である。

ところで、請求人は、商標登録取消の審判を求める利害関係の有無について、なんら主張立証するところがない。そうであれば、請求人は本件審判を請求するについて利益を有する者とはいい難いものであり、したがつて、本件審判の請求は、利害関係のない者によつてされた不適法なものであるから、商標法第五六条において準用する特許法第一三五条の規定により却下されるべきものである。

三  本件審決の取消事由

審決は、商標法第五〇条の規定に基づき登録商標の不使用による商標登録の取消の審判は、商標登録を取消すための具体的な利益がある者のみが請求しうるとしたが、法律の解釈を誤つた違法のものである。

1  旧商標法(大正一〇年法律第九九号)には、商標登録取消の審判及び商標又は商標権存続期間更新の登録の無効の審判は、「利害関係人及審査官ニ限リ之ヲ請求スルコトヲ得」と規定されていた(同法第二二条第二項)ところ、現行商標法は、商標又は商標権存続期間更新の登録の無効審判及び不使用による商標登録取消の審判については、審判請求人の適格について何も規定していない。このことは、不使用取消の場合、請求人適格を旧法のように制限したものとは解することができないのであつて、請求人はあえて利害関係の存在を要求されていないのである。

2  現行商標法第五〇条の規定において、請求の要件として、旧法における利害関係人の規定を削除したのは、現実に使用されていない商標を特定の人に独占させておくのは商標法の目的に反するから、一般人にも商標登録の取消請求の機会を与えることにより、権利の上に眠る商標は整理し、これを第三者に開放するためと解せられるのである。したがつて、同法に明文の規定のない以上、請求人において積極的に請求について利害関係を有する必要はないというべきである。

第三被告の陳述

一  請求の原因一及び二の事実は、いずれも認める。

二  同三の主張は争う。審決に原告主張のような違法はない。

現行商標法が旧商標法第二二条第二項に相当する規定を欠くからといつて、それだけで不使用取消の審判の請求について利害関係を要しないと解することはできない。商標法は、同法に規定する手続でその利用又は関与に何らの資格を必要とせず広く公衆に解放されているものについては、法文上特に「何人も」これをなしうる旨を明記しているのであつて、このような規定のない不使用取消の審判においては、それが司法に準じた争訟形式であることにかんがみ、「利益なければ訴権なし」の一般原則が適用されると解すべきである。したがつて、原告の審判請求を不適法として却下した審決の判断に違法はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

二  登録商標の不使用による商標登録の取消の審判請求に関して、商標法第五〇条第一項は、「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品についての登録商標の使用をしていないときは、その指定商品に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」と規定しているのみで、右請求人の適格について同法が特に規定するところはない。

しかしながら、登録商標の不使用による商標登録取消の審判は、審判の請求人と被請求人たる商標権者との対立構造をとりながら、公開の口頭審理を建前とし、一定の資格を有する三人又は五人の審判官(その職務の執行について除斥、忌避の規定がある。)の合議体により審判を行ない、証拠調手続その他について民事訴訟法の規定を準用するなど、いわゆる準司法的な争訟手続の性格をもつて構成されているものであるから、民事訴訟において「利益なければ訴権なし」の原則が適用されるように、右審判を請求することができるのは、当該審判請求につき法的利益を有する者に限られると解するのが相当である。

旧商標法(大正一〇年法律第九九号)には、商標登録取消の審判に関して、「利害関係人及審査官ニ限リ之ヲ請求スルコトヲ得」との規定が設けられていたが、これとの対比から直ちに、現行商標法において、審判請求人の適格についてなんらの制限はなく、商標登録取消の審判を請求しうると解することはできない。

また、原告は、現行商標法第五〇条において、請求の要件として、旧法における利害関係人の規定を削除したのは、現実に使用されていない商標を特定人に独占させておくのは商標法の目的に反するから、権利の上に眠る商標を整理し、これを第三者に開放するため、広く一般人にも商標登録取消の審判請求の適格を与えたものである旨主張するが、商標法第五〇条の規定をもつて、法的利益を有しない者にも審判請求の適格を与えたものと解することはできず、原告の主張は採用することができない。

そうであれば、原告について、審判請求の法的利益のあることを認めうべき何らの資料も存しない本件においては、右利益を認めることができないとして、原告の審判請求を却下した審決は、相当というべきである(商標法第五〇条第二項の規定も、適法な審判請求のあつた場合に係る規定であると解されるから、以上の判断を左右するものではない。)。

三  よつて本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

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